カテゴリ:インター生活 スタート編( 6 )

インター生活 スタート編6(リポートカード)

長い長い長い日々が終わろうとしていました。
8月中旬から始まってる学校に、娘は9月中旬から転校したので、
丸1学年在籍出来たわけではなかったのですが、
それでも、私たち家族にとっては長い日々でした。

IBスクールのリポートカードは感動ものです。
日本の”あゆみ”しか知らなかった私たち夫婦にとっては驚きでした。
A4の用紙7枚にわたって書かれています。
科目別に4段階評価で、アチーブメントとエフォートの両方で評価されます。
評価の他に各教科の先生から言葉をもらいます。
これも決して短いものではない、ひとりひとりをちゃんと見てくれた先生からの言葉です。

レポートカードを娘と読みながら2人で号泣してしまいました。
先生たちが娘のことを本当に良く見てくれていたのが伝わってきます。
特にESLの先生の言葉には涙、涙でした。
A4一枚にびっしりとかかれた言葉の数々。

はじめ、アルファベットの大文字しか知らなかった。
最初の1冊が読めるようになるまですごく大変で、
でもESLの先生はいつも優しく根気づよく何度も教えてくれて、
気がついたらすらすら読めるようになっていて、
彼女は私の恩人だよ(号泣)。

先生たちの評価がとにかくすばらしかったです。
正直ここまで娘を見てくれていたの!と驚くことばかりでした。

インターに行ってからのこと全部覚えてる。
最初みんなが何を話しているのかわからず、
先生の言っていることもわからず、
一生懸命聞いてもそれでもわからず、
さびしくて悲しくてどうしていいのかわからず、
ESLの時間だけはのびのび出来て、
だからESLの教室をいつも快適にしていたかった。
それが、少しずつ言っていることがわかってきて、
自分も言えるようになってきて、
友達とも普通に遊べるようになってきて、
自分であたしってすごいって思うよ。

ESLの先生にも言われていたんですが、
娘は教室をいつもキレイにしていたそうで。
片付けなどを率先してやっていたそうで。
そんな気持ちがあったからだったんですね。

アチーブメントが今ひとつでも(そりゃそうです英語がまだまだなんですから)、
エフォートで娘の努力を評価してくれてる場合がほとんどでした。
IBスクールでPYPをやるひとつの目玉と言えるのがunits of inquiryだと思うんですが、
こちらもアイディアや努力を評価してくれます。
ひとつひとつのプロジェクトに先生からの言葉が並びます。

IBスクールというと、ラスト2年のIBDPのことばかり言われがちですが、
PYPのすばらしいところだなと思うひとつに、
Learner Profileを叩き込まれることがあると思います。

Inquires, Thinkers, Communicators, Risk takers, Knowledgeable,

Principled, Caring, Open-minded, Balanced, Reflective

この10項目をことあるごとに教えられます。
これについて今期はどうだったかという言葉ももらいます。
Learner Profileと Units of Inquiryの二つがとても良かったなと。
人間力を鍛える、そんな教育だなと感じていました。
これがあることで私と夫はインターすごい!という評価になっていました。
まだまだI Bスクールとは何かってこともわかっていなかった頃です。

思えば娘が”おっばい飲ませろ〜!”っていうの以外で、
これほど長時間涙を流したのは初めてのことで。
そしてそれは感激の涙だったわけで。
この1年の彼女の苦労があらわれていますよね。
子供は簡単に英語が話せるようになるわけじゃないよな、と、
あらためて思いました。

娘がめっちゃ楽しかった!と言っていた2年目へと突入していきます。
2年目はインターならではの出来事がたくさんありました。
養子縁組や人種の問題など。
それでもインター生活に慣れて来て私も少しだけ余裕が出て来たかな?




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by bilingualedu | 2013-12-17 17:27 | インター生活 スタート編 | Comments(0)

インター生活 スタート編5(ガッツだぜ!)

インター1年目の生活は、1タームごとになじんでいっている、
1タームごとに英語の理解度も上がっていき、
英語でのコミュニケーションもスムーズになっていく、
そんな感じで過ぎていったように思います。

娘はもともとガッツがある性格で、
間違ったことやフェアではないことを見過ごすことが出来ないし、
相手が誰であれ立ち向かっていく、というようなことがよくあり、
そういう面ではインターに向いてるのかなと思うことはあったのですが。

かといって物怖じしないわけでもないし、
誰にでも明るくコミュニケーションが取れるタイプでもないし、
緊張しないわけでもないんですよ。

インター最初の年の3ターム目にこんなことがありました。

いつもの算数の時間。
まずはゲームではじまる、そんな楽しい時間。
そのゲームで娘は一番になったそうで。

ゲームで一番になった人は次の算数の時間、
このゲームを始める時に一番最初に出来る。

とそんなルールになっていたようなんです。

娘は次回の算数の時間をものすごく楽しみに待っていました。
普段は英語が話せないことでコンプレックスがあったわけで、
やっと一番になれたんですからそれはそれは楽しみだったようで。
が算数の先生はそのことをすっかり忘れて違う人からゲームははじまりました。
すごく楽しみにしていた娘はプンプンご立腹です、そして先生に抗議しようと決めたようで。

先週って何て言うの?
勝ったって何て言うの?

と私からいろいろ聞いて翌日学校へ行きました。
算数の先生にきっちり抗議したらしい^^
しかも途中英語は忘れてしまったようで、
気持ちで持って行ったらしい。
そんな中、内容を理解してくれた友達がいて、
その子がきっちり先生に話してくれたらしいです。
(3ターム目でもまだ先週や勝ったって単語がわかってなかったんですよね、
バイリンガルへの道は長いです。)

その内容を理解してくれた子ですが、
彼女はアメリカとスリランカのハーフで、とても頭の良い子です。
娘の英語を良く理解してくれていました。
本人も一言語だけの環境で育っていないことも影響していると思いますが、
語学に関する勘の良さみたいなものがあった子だなぁと思います。
これから先もこの子には、いろいろな面でお世話になっていきます。

娘ですが、こういう時に泣き寝入りしないことがすごいな、と。
ま、いいか、ってがまんしちゃいがちだよな、と。
娘に良くがんばって伝えたとほめました。

私だって、本当は泣きたかったよ。
泣きそうになったもん。
でも、泣かなかったけどね。

どんどん強くたくましくなっていっています。

グレード5の時にはこんなことがありました。
社会科見学の日で、いつもは運動靴を履いていますが、
この日だけはお寺に行く予定になっていたので、
簡単に脱げる靴を履いて行くことになっていました。

娘たちはサンダルやクロックスなど、普段とは違う靴を履いていたのですが。
見学も終わって学校に戻っての休み時間。
小学校の校長先生に呼び止められます。
あなたたち、何、その靴は!
運動靴を履かなければダメでしょ!!
いきなり決めつけた感じで注意してきた校長に、
娘の友人たちは小さくなってしまいました。
そこで娘は、
今日はお寺に見学に行ったので簡単に脱げる靴を履いてくるように言われました。
ミス〇〇(担任の名前)に確認してください。
私たちは悪いことはしていません。

そのときの話を一緒にいた娘の友人たちから聞かされました。
この校長は、偏見のある人だなという印象でしたし、
アジア系が嫌いなのかな?と思うこともあったので、
良く言った!と私までスッキリしたのですが。
インター4年目すっかりたくましくなりましたね^^;

1年目の娘に戻って、
時期を同じくしてその頃のこと、
いつものようにお迎えに行った私のところへ担任の先生がやってきて、
今日、彼女が友達と討論したのよ!!
とうれしそうに報告してくれました。
どんな内容で討論したのかはすっかり忘れてしまいましたが、
討論する、討論出来る、というのはひとつの壁を越えたってことなんだな、
と、喜ぶ先生を見て私も思ったのでした。


とってもとっても長かった1年目も終わりをむかえます。
IBスクールのリポートカードの素晴らしさに、娘と私は大感動です。
次回はそんなお話を。






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by bilingualedu | 2013-12-15 13:57 | インター生活 スタート編 | Comments(0)

インター生活 スタート編4(日本の勉強)

小学校2年の夏休みまで、娘は日本語環境で育ちました。
海外で暮らしていましたが、まずは母国語と強く思っていたので、
幼稚園も迷わず日本語環境に入れました。

海外生活も長くなってきて、子供の言語をどうしようと考えた時、
身近にいる先輩の存在というのは大きいものがあります。

私が尊敬していた先輩ママは、長く海外生活をおくっている方で、
子供をバイリンガルに育て上げている、かっこいい人でした。
そこのお嬢さんの日本語が素晴らしくて、こんな娘になってほしいとあこがれていました。

その先輩から言われていたことは、
まずは母国語を大切にすること。
母国語がしっかり出来ているのといないのとでは、英語の伸び方が違ってくる、
というものでした(もちろん個人差はあるんですけどね)。

娘は小2まで日本語をきっちりやってきていたので、
良いタイミングだったのかな、と思います。
英語に慣れてくるとあれよあれよと吸収していきました。
結局娘は1年でESLのクラスから抜けることになります。
先生が素晴らしかったのももちろんありますし、
まわりに日本人がいなかったこともそうですし、
仲良しがアメリカ、イギリス、ドイツ人とほとんどがネイティブだったこともありますし、
母国語がある程度確立出来ていたことも影響していたかもしれません。

幼稚園からインターに通っていても、ESLにいる期間が長い子供もいます。
アメリカやイギリスの現地校ならそういうこともあまりないのかもしれませんが、
アジアにあるインターですと、英語環境は学校の中だけということが多いので、
こういうことも起こりえるんだと思います。
英語環境に入った年が娘のようにグレード2やそれ以降でも、
1年2年でESLを卒業する子もいます。
日本人に限った話ではありませんが、母国語が出来ていることと、
その子の性格や語学に対するセンスも関係してくるのかもしれません。

母国語の大切さはことあるごとに知ることとなります。
娘の学校はIBスクールということもあって、母国語を大事にするように良く言われていました。
新しいプロジェクトに入る前などは、
そのプロジェクトに関する単語をまずは日本語で説明して意味をわからせるように、
担任から毎回指示をもらっていました。
例えば、水について学ぶというときには、
浄水場、蒸発、などどいう単語を日本語で説明しておくという具合にです。
日本語でも普段はあまり使わない言葉が多いので、事前に理解しておくのはとても役立ちました。

普段の生活では、宿題をやることと友達とプレイデイトをすることを大切にしていました。
そしてそれ以上は望まないようにしていました。
習い事をするのはもっと後になってからで、
学校に慣れることと、英語に慣れること、
そして何より友達と良い関係を作ることを最優先にしていました。

娘の友達別、好きな食べ物も把握してました。
おやつや食事がおいしいことでまた娘と遊ぼう!と思ってもらえるように、
ささやかな母の応援する気持ちです。
だっておやつのおいしい家に遊びに行きたいですよね、誰だって^^

日本の勉強は土日と、ターム休みにやることにしていました。
通信教育をずっとやっていましたが、
小2、小3の子供がひとりで進んでやるわけもないので、
私がずっと一緒にやっていました。
通信のテキストだけでは漢字の勉強が追いつかず、
私が作った漢字練習帳を使って勉強をしたりもしていました。
ママ塾開講よ〜と良く言ってました。
本当は理科と社会もやれればよかったのですが、
国語と算数でいっぱいいっぱいでしたね。

いろいろな例を見てきました。
通信教育も出さなくなっていき、どんどんテキストもやらなくなっていき、
自然消滅していくパターンとか。
普段の勉強だけでもどんどん難しくなっていきますし、
自分のまわりでそんなことをしている人はほとんどいないわけですから、
どうして自分だけこんなに勉強しなくてはいけないんだろうと、
子供ながらに思うのは当然です。

日本人として日本語が出来てこその英語だ、
というのが我が家の基本スタンスでしたので、
それを崩すことはない、という信念でやってきました。

その頃は、いつ日本に本帰国するのかわかりませんでしたし、
もちろんある程度の年月がたてば日本に帰ると思っていたので。
日本の勉強をやっておくのは当然と言えば当然のことだったのです。

担任の先生に日本の勉強もやっている、
ということを必ず伝えるようにしていたのですが、
どの先生も、どうしてなんだろう?とピンと来てない様子で^^;
英語ネイティブの人たちには中々理解してもらえないところなんですよね。
ま、しょうがないんですけどね。

またお話はインター1年目に戻ります。
徐々にインター生活を楽しめるようになっていきます。
あの頃のこと全部覚えている、と娘が言ってました。
それほど強烈な記憶なんでしょうね。




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by bilingualedu | 2013-12-13 18:36 | インター生活 スタート編 | Comments(6)

インター生活 スタート編3(友達が出来た!)

南アジアに住む外国人に人気のビラタイプの家、
大きな一軒家に広い庭、
庭には大きなプールがあって、
広いリビングにはオリエンタルな雰囲気が漂っています、
ビリヤード台があるプレイスペースまで完備。

ナターシャの家はそんな大豪邸でした。
はじめてのプレイデイトはそんな家で^^
娘をピックアップしに行った私は初めて見る大豪邸に度肝を抜かれました。

ナターシャの母親がとてもオープンな人で、
私が自分が英語が下手なことを伝えると、
私は日本語が出来ないの、ごめんなさい、と。
そんなことを言うイギリス人には彼女以外会ったことがありませんが^^;
前任地で彼女は日本人の親友がいたそうで、日本人が大好きだと。

娘のことも本当に良く見てくれていました。
最初に来た時は、私の言っていることはわかってるようだったけど言葉が出なかったのよね。
それが最近ではちゃんと意思表示をするようになってきたのよ。
これをくださいとか、それは嫌いですとか言うし!
たった1ヶ月ですばらしい進歩よ!!

そして、ナターシャとはこの国を離れるまで仲良くしていくことになります。

友達も出来始めて、学校での生活も楽しくなってきたようで、
2ヶ月が過ぎた頃にはみんなの前で発表をするまでになっていました。
週末何をしたのかを順番に発表するのですが、
はじめて娘が発表した日、担任の先生はお迎えに行った私に興奮気味に報告してくれました。
担任の先生、怖そうに見えたけど本当は違うんだってこと、私も娘もわかってきていました。

担任の先生とESLの先生とのコミュニケーションもバッチリでした。
娘がESLの先生に言ったことが担任に伝わって、それを題材に宿題を出すとか。
その逆もありました。

その頃、クラスで朗読劇をやることになっていて、
娘はナレーター4の役でちゃんとセリフがありました。
2行のセリフが2つも!!
そのお話は偶然娘が持っている日本の本に載っていたお話でした。
学校でこの台本をもらってすぐに、同じ話だと気がついたそうです。
すべての内容がわかったわけではなかったのですが、
大筋だけでも同じ話だと気がつくことが出来たようです。

そのセリフを何度も何度も練習して、
暗記して言えるまでに練習して本番をむかえました。

大きな声で堂々と発表することが出来た娘。
ついこの間泣きながら電話してきた娘が、
と思うとグッとくるものがありました。

発表が終わって、たくさんの先生たちにほめられました。
インターの良いところだなと思うのが、このほめることです。
先生たちはみんなほめ上手です。
特にこういう状況ですと、めちゃめちゃほめます。
ほめられてうれしくない子供はいないですよね、
もっとがんばろうと思うんですよね。
時に、ここまでほめなくても、と思うことも正直あるんですが、
何かと減点法な日本の教育とくらべて、
いつでも加点法なインターの教育は、
子供にとって、のびのび自由に出来る面は大きいなと思いました。

こうしてはじめてのインターでのクリスマス休暇をむかえます。
長い休みに何をするのかって?
それはもちろん日本の勉強です。


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by bilingualedu | 2013-12-11 19:09 | インター生活 スタート編 | Comments(0)

インター生活 スタート編2(ESL)

英語が出来ない子供にとってESLの時間はとても貴重で。

今になってわかることですが、娘は先生に恵まれていたなと。
何もかもが初めてのことで、それが良いのか悪いのかもわかっていなかったのですが、
何校か転校していくうちに、この学校が素晴らしかったことも、
先生たちが素晴らしかったこともわかってくるのですが。

ESLの先生は優しくて頼りがいのあるベテランの先生でした。
(歴史が長い学校はベテランの先生が多いのも良いところだと思います)
娘が先生に走りよって抱きついている場面を何度も見たことがあります。
2人は自然にハグしていて、娘が心から先生を信頼しているのがわかりました。

そしてこの学校では、英語が出来ない生徒がほとんどいなかったので、
娘は個人教授で教えてもらうことが出来ました。

学校に行き始めて3週間ほどで娘が読めるようになった本があります。
初めて彼女が一人で読めるようになった本。

Ben is in the pen.

Ben yells and yells.
Ben yells for Ted.

Ted is Ben's pet.

Ted can not get in.
Ben can not get out.

Ben and Ted yell.
Ben and Ted yell for Dad.

Dad mends the pen.

Ted can get in.
Ben can not get out.

Ben pets Ted.


この短い本をはじめて私に読んでくれたときのことを覚えています。
この本からバイリンガルへの道がスタートしました。

少しずつではありますが、英語も理解出来るようになってきてはいました。
でもまだ1ヶ月、娘は教室で一言も発しない日々をおくっていました。

授業中も一言も話さないから、誰も私に話しかけてくれないし。
言いたいことは山ほどあるけど、どう言ったらいいのかわからないし。
あたし、英語が話せるようになったら、言いたいことすごくたくさんある。
早く話せるようになりたい!

最初の1ヶ月は娘も私もつらかったですね。
娘はとってもおしゃべりなんですよね、
そんな子が一言も発しないで過ごしているわけですからね。

こんなこともありました。
事務室から娘が泣きながら電話してきました。
体育がないのに体操着を着ていっちゃったとか、そんな理由だったのですが。
理由は本当はどうでもよかったんですよね。
毎日毎日、英語がわからないのに教室で笑顔ですわっていた娘。

あたし、もう、笑顔で我慢するのイヤだから!!
もう出来ないもん!!

8歳の娘の心は大揺れです。
私の心も揺れました。
親の考えでインターに入れてしまって本当に良かったのだろうか、
今すぐにでも日本人学校に転校させたほうがいいんじゃないかって。
でも、ここが踏ん張りどころだったのかなと。
この先もたくさん大変なことは起こるんですが、
この時がひとつの山場だったかなと思います。

学校で英語漬けの日々をおくっていたので、
家では日本のビデオを見たり、
大好きなマンガを読んだり、
宿題以外は好きなようにさせていました。
これ以上のストレスを与えることは出来ませんでした。

宿題以外はって言ってますが、この宿題が大変だったんですけどね。
I Bの学校でPYPのプログラムをやっていましたので、
自由研究をいつもやっているような感じで。
家族一丸となって取り組むしかなかったんですけどね^^;

そんな娘にもプレイデイトのお誘いがきました。
イギリス人のナターシャからのお誘いで、
どの子がナターシャかもいまいちわからない状態でしたが、
そこから娘のインター生活は次のステップへと進んで行くのです。


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by bilingualedu | 2013-12-10 18:49 | インター生活 スタート編 | Comments(0)

インター生活 スタート編1

南アジアのインターナショナルスクールでスタートした娘のインター生活。

偶然その日は娘の誕生日で、
親子3人で面接へ行きました。

(インターの学年割りは、8月末までのところが多いようです。
9月1日生まれから、翌年の8月31日生まれまでが同じ学年になります。
娘は9月生まれだったので、日本で言う4月生まれのような感じでした。
誕生日だけですと一番お姉さんになるわけです。)

学校長と小学校の校長の2人はにこやかに
”明日から学校に来なさい”と。

娘はまったく英語が話せませんでしたが、
テストを受けることもありませんでした。
銀行口座もまだ出来てないので支払いもすぐには出来ないと言っているのに、
いいよいいよ、気にしなくて、という感じで^^

こんなに簡単にインターって入れちゃうの?
とちょっとビックリ。

その学校がおおらかで家族的な学校だったということ、
学年が下だったのでテストなどを受けなくてもよかったんだということ、
などが後々わかってきました。

アジアの中でも年中ウエイティングがかかっている学校もたくさんあります。
私たちが赴任していた国は、内戦があったりと治安的には安全とは言いがたく、
その分外国人の数も少なかったんですよね。
1学年2クラスで1クラスの人数は20人ほどでした。

簡単に入れるというと、
その学校がまだ歴史が浅くて、生徒数が少ない場合を想像しがちですが、
その学校は創立50年の老舗インターでした。
これも後でわかることですが、フルIBの歴史の長い学校に入ることが出来たのです。

昨日から日本人の女の子が入ったんだけど、
その子とはクラスを別にしておいたよ。
そのほうが英語を早く覚えられるしね。

と小学校の校長。
この配慮も当たり前なのかと思っていたのですが、
決してそうではないことが、次の学校でわかってきます。
クラス数がそれなりにある場合は、別々になるものだと思ってましたが、
学校によっては、一緒にされてしまう場合が結構あります。

英語がまだまだな日本人の子がいた場合、
英語が上手な日本人の子と同じクラスにしてお世話係をさせるのです。
日本語に通訳してもらえるので、一見良いように思えるのですが、
自立が遅れて英語が中々伸びないという欠点があります。
お世話をするほうも、頼られすぎてしまって負担が大きくなってしまう場合があるので、
お互いに慎重にならざるを得ません。

英語がまったく理解出来ない子供の場合、
先生も大変なのでついつい同じクラスにしちゃうこともあるんでしょうね。
インターの場合は、こちらが何も言わないでいると、
先生たちの都合の良いようにされることも多々あると思います。
やはりはっきりと意思表示をしていくことは大事なことですよね。

自分は英語をしっかり勉強したいし、
彼女(日本人)も私がいたら何でも頼ってしまって、
彼女(日本人)が英語を学ぶのに邪魔になってしまうし、
お互いのためにも、クラスは別にしてください。
クラスは別でも出来るだけサポートはしていこうと思っています。

後々このことを担任と校長に伝えるようになっていきます。

が、まずはまったく英語が話せなかった頃の娘の話ですね。

インター生活初日、
娘と一緒に私も登校しました。
娘の担任は、大ベテランの女性教師。
PYPのコーディネーターもやっている学年主任です。
ニコリともしない厳しい感じの先生で、
グレード2の先生って感じではなく(低学年の先生って優しそうな人が多いですよね)、
私も娘もちょっと怖いと感じていました。

1時間目は音楽の授業で、音楽室へ私も一緒に移動します。
音楽の先生に、お母さんは帰ってくださいと言われ、しぶしぶ帰ることに。
娘のお世話係をしてくれていたアメリカ人の女の子ライリーに、
この子まったく英語が話せないの、よろしくね、
と伝えて後ろ髪を引かれつつも帰りました。

お迎えの時間、
娘の顔を見るまでハラハラドキドキでしたが、
ニコニコしてやってきた娘。
どうだったの?と聞くと、
すご〜く楽しかったよ〜!!との答え。
言葉が通じないのに?と不思議な気持ちでしたが、
日本の小学校と違って、
自由な雰囲気などが楽しいと感じたようで、
(私服の学校だったのでおしゃれをしている子も多かったです。
アクセサリーをしている子もたくさんいて、ポイント高かったみたいです。)
まずは初日を無事に終わることが出来ました。

このまま、すんなりなじめるのか?とちらりと思いましたが、
そんな簡単にはいきませんよね、
もちろんたくさんの試練が待っているのでした。








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by bilingualedu | 2013-12-09 16:11 | インター生活 スタート編 | Comments(0)